鉄と聞くと、レバーや赤身の肉、ほうれん草などを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
実は、パティシエが日常的に扱う材料にも鉄は含まれています。例えば、カカオを原料とするココアやチョコレート、アーモンドなどのナッツ類です。
普段、私たちはこうした材料を香りや味、食感、口溶けといった製菓上の特徴から見ています。しかし、栄養という視点を加えると、同じ材料でも違った側面が見えてきます。
私は23年間、パティシエとして洋菓子に携わってきました。その経験から感じるのは、材料を理解するには、一つの役割だけでなく、さまざまな角度から見ることが大切だということです。
今回は、鉄というミネラルを入り口に、カカオやナッツなどの製菓材料と栄養の関係を考えてみます。
鉄は身体の中でどのような働きをするのか
鉄は、身体に必要なミネラルの一つです。
体内にある鉄の多くは、赤血球に含まれるヘモグロビンや、筋肉に存在するミオグロビンの構成要素として使われています。
ヘモグロビンは、身体の各組織へ酸素を運ぶ働きに関わるたんぱく質です。つまり、鉄は単独で働くのではなく、たんぱく質と関係しながら身体の機能を支えています。
鉄が不足すると、鉄欠乏性貧血につながることがあります。ただし、疲れやすさや倦怠感などの症状だけで、鉄不足と判断することはできません。
栄養素について学ぶときには、働きだけでなく、不足した場合の情報も目にします。しかし、症状と栄養素を単純に結びつけず、正しい知識として理解することが大切です。
鉄にはヘム鉄と非ヘム鉄がある
食品に含まれる鉄は、大きくヘム鉄と非ヘム鉄に分けられます。
ヘム鉄は、主に肉や魚などの動物性食品に含まれています。一方、非ヘム鉄は、野菜や豆類、穀類など、さまざまな食品に含まれています。
この二つの違いとして知っておきたいのが、体内での吸収されやすさです。一般に、ヘム鉄は非ヘム鉄よりも吸収されやすいとされています。
また、非ヘム鉄は一緒に食べる食品の影響を受けます。ビタミンCや動物性たんぱく質などは、非ヘム鉄の吸収を助ける要素として知られています。
ここで注目したいのは、鉄を含む食品を一つだけ覚えるのではなく、食事全体の組み合わせを考えることです。
栄養素は、それぞれが独立して存在しているわけではありません。食品の組み合わせによって、身体での利用のされ方も変わってきます。
パティシエが注目したい、カカオとナッツの鉄
ここからは、製菓材料として身近な食材を見ていきます。
まず取り上げたいのが、カカオです。
ココアパウダーには鉄が含まれています。カカオ由来の材料を栄養面から見ると、チョコレートの原料というだけではない特徴が見えてきます。
ただし、チョコレート製品に含まれる鉄の量は、カカオの配合や製品の種類によって異なります。砂糖や脂質なども含まれるため、チョコレートを鉄の補給源として単純に考えることはできません。
パティシエにとってチョコレートは、カカオの香りや苦味、甘味、口溶けを表現するための材料です。栄養成分を知ることは大切ですが、それだけで材料の価値が決まるわけではありません。
次に、アーモンドやカシューナッツなどのナッツ類です。
ナッツにも鉄が含まれています。製菓では、ローストしたときの香ばしさや、焼き菓子に加えたときの食感、ペーストにしたときの風味などを生かして使います。
私は、ナッツを扱うときには、粒の大きさやローストの状態、油脂の性質などを意識します。そこに栄養という視点を加えると、同じ材料について、さらに多くの情報を得られます。
ただし、ナッツもチョコレートも、鉄だけを目的に食べる食品ではありません。製菓材料としての特徴と、栄養成分としての特徴は分けて考える必要があります。
鉄を含む材料を使えば、栄養面でも優れたお菓子になるのか
ここは、少し立ち止まって考えたいところです。
鉄を含むココアやナッツを使えば、そのお菓子は栄養面でも優れたものになるのでしょうか。
私は、材料に含まれる栄養素だけで、お菓子全体の価値を判断することはできないと考えています。
お菓子は、複数の材料を組み合わせて作ります。配合によって砂糖や脂質、エネルギー量なども変わります。また、同じカカオやナッツを使っていても、使用量や製品の種類によって栄養成分は異なります。
例えば、カカオを多く使用したチョコレート菓子と、少量のココアを風味づけに使った焼き菓子では、材料の構成が違います。
「鉄を含む材料を使っている」という情報だけでは、そのお菓子の栄養的な特徴を十分に説明できません。
パティシエとして大切にしたいのは、材料の特徴を理解し、おいしさを適切に表現することです。栄養の情報を伝える場合も、実際の配合や成分量に基づいて説明する必要があります。
鉄は洋菓子だけでなく、毎日の食事全体で考える
鉄を含む食品は、洋菓子の材料だけではありません。
レバーや赤身の肉、魚介類、小松菜、豆類など、日常の食事で使われる食品にも鉄は含まれています。
鉄の摂取を考えるなら、特定の食材だけに注目するのではなく、主食・主菜・副菜を組み合わせた食事全体を見ることが大切です。
また、鉄の必要量は年齢や性別、月経の有無などによって異なります。「誰でも同じ量を摂ればよい」というものではありません。
私は、お菓子を楽しむことと、日々の食生活を考えることは、分けて捉えてよいと思っています。
お菓子は、香りや味、食感、見た目などを楽しむものです。そこに無理に健康上の役割を持たせる必要はありません。
一方で、普段の食事では、肉や魚、野菜、豆類など、さまざまな食品を組み合わせて栄養を考えることができます。
お菓子を健康食品として扱うのではなく、お菓子の魅力を大切にしながら、食材について知る。その姿勢が、私たちパティシエにとっても大切なのではないでしょうか。
材料を知ることは、食材を見る目を広げること
今回取り上げた鉄は、身体に必要なミネラルであり、カカオやナッツなど、洋菓子に使われる材料にも含まれています。
パティシエは、材料を扱うときに、その香りや味、食感、加工適性などを考えます。栄養の知識を加えることで、これまでとは違う角度から食材を見ることができます。
ただし、栄養成分が多いことと、製菓材料として優れていることは同じではありません。それぞれの材料には、それぞれの役割があります。
私は、製菓の知識を深めるうえで、材料を一つの視点だけで判断しないことが重要だと考えています。
おいしさを作るための知識と、食材そのものを理解するための知識。その両方を持つことで、材料への理解はさらに深まっていきます。
鉄という小さな入り口から、いつものカカオやナッツを見直してみる。それも、食材を学ぶ面白さの一つです。
次回は、牛乳やチーズ、生クリームなど、洋菓子に欠かせない乳製品と関係の深い「カルシウム」について考えてみます。



