お菓子を見た瞬間、「おいしそう」と感じたことはありませんか。
まだ口に入れていないのに、甘そう、酸っぱそう、軽そう、濃厚そう……。私たちは、お菓子を食べる前から、見た目からいろいろな情報を受け取っています。
パティシエとして長く仕事をしていると、「お菓子は味だけで完成するものではない」と感じる場面があります。
ショーケースに並んだときの形や高さ、色の組み合わせ、表面の仕上げ、断面の見え方。
同じ材料を使ったお菓子でも、どのように見せるかによって、受ける印象は大きく変わります。
もちろん、見た目をきれいにすることは大切です。
でも、パティシエにとっての「デザイン」は、単に飾り付けをすることではありません。
「このお菓子を、どんなふうに感じてもらいたいのか」
そこまで考えて形にしていくことも、菓子づくりの一部だと思っています。
私自身、これまで23年ほど製菓の仕事をしてきました。
その中で強く感じるのは、仕上げの作業は最後に付け足すものではなく、もっと前の段階から始まっているということです。
例えば、どんな型を使うのか。
どのくらいの大きさにするのか。
ムースやクリーム、ビスキュイをどのような順番で重ねるのか。
断面を見せるのか、あえて見せないのか。
フルーツをどこに配置するのか。
そして、完成したお菓子を実際にショーケースに並べたとき、最初に思い描いた印象になっているのかを確認する。
一個だけを見ていると気づかないことも、いくつか並べてみると、形の違いや高さ、色のバランスが気になることがあります。
こうした小さな判断の積み重ねが、最終的な「見た目」につながっていきます。
つまり、レシピを考えることと、デザインを考えることは、完全に別の作業ではありません。
材料や味の構成を考えながら、「最終的にどんな姿のお菓子にするのか」を考える。
そこには、パティシエの技術だけでなく、経験や感性も関係してきます。
そんな「菓子のデザイン」について改めて考えるきっかけになったのが、柴田書店の『Pâtissier パティシエ vol.3』です。
この号の特集は、「視覚からのアプローチ 菓子をデザインする」。
認知心理学の視点から視覚の効果を探りながら、実力派シェフが手がける菓子を通して、見た目と味の関係について考えています。
私が興味深いと感じるのは、「見た目」と「味」を別々に考えていないところです。
例えば、赤いフルーツが使われていれば、酸味や爽やかさを想像するかもしれません。
チョコレートを主体とした濃い色のお菓子なら、濃厚な味わいを想像するかもしれません。
実際に食べる前から、視覚によって「こんな味なのではないか」という期待が生まれます。
だからこそ、パティシエが考えるデザインには意味があります。
ただ美しい形を作るのではなく、そのお菓子の味や素材、食感まで含めて、どのように伝えるのか。
言い換えれば、デザインとは「きれいに飾ること」ではなく、味や食感、素材の魅力を、見た目という情報に変換することなのかもしれません。
製菓を学んでいると、どうしても「レシピ通りに作る」ことに意識が向きます。
もちろん、基本を正確に身につけることは大切です。
私自身も仕事を始めた頃は、まずレシピ通りに作り、決められた工程を正確に再現することを意識していました。
しかし、経験を重ねるほど、「なぜこの形なのか」「なぜこの大きさなのか」「なぜこの色の組み合わせなのか」と考えることが増えていきました。
その問いを持つことで、レシピに書かれていない部分にも目が向くようになります。
そして、vol.2で考えた「食感」も、今回の「見た目」も、結局は同じところにつながっています。
「食べる人に、どのように感じてもらいたいのか」。
食感を考えるときも、見た目を考えるときも、最後にあるのはこの視点です。
パティシエは、お菓子を作る人です。
でも、それだけではありません。
味、香り、食感、そして見た目。
いくつもの要素を組み合わせ、「どんなお菓子として届けるのか」を考える仕事でもあります。
『Pâtissier パティシエ vol.3』は、普段何気なく見ているお菓子の「デザイン」を、改めて考えるきっかけを与えてくれる一冊です。
きれいなお菓子を見るだけではなく、「なぜ、この形なのだろう」「なぜ、この色なのだろう」と考えてみる。
そうすると、ショーケースに並んだ一個のお菓子からも、パティシエの考えや技術が少しずつ見えてくるのではないでしょうか。




