お菓子作りでは、「焼くと生地が膨らむ」という現象がよく起こります。
これまでの記事では、卵などに含ませた空気による膨化、ベーキングパウダーなどの化学反応による膨化、酵母の働きによる膨化について紹介してきました。
では、水蒸気によって生地が膨らむこともあるのでしょうか。
実は、水蒸気はお菓子を膨らませる重要な力のひとつです。
その代表例が、パティシエにとって身近な「シュー生地」です。
今回は、シュー生地を例にしながら、水蒸気によってお菓子が膨らむ仕組みを見ていきます。
水は加熱すると「水蒸気」になる
まず知っておきたいのが、水の性質です。
水は加熱すると温度が上がり、やがて水蒸気になります。
液体の水と比べると、水蒸気は大きな体積を占めます。
お菓子を焼くとき、生地に含まれている水分も加熱されます。そして、水が水蒸気へと変化することで、生地の内部に蒸気が発生します。
この水蒸気が生地を内側から押し広げる力となり、膨化につながるのです。
つまり、
水が加熱される
→ 水蒸気が発生する
→ 生地の内部で蒸気圧が生じる
→ 生地が押し広げられる
→ 生地がその形を保つ
という流れです。
ここで重要なのは、「水があるだけで膨らむ」という単純な話ではないことです。
水蒸気が生地を押し広げるためには、その力を受け止めながら伸びることのできる生地の構造が必要になります。
シュー生地が大きく膨らむのはなぜ?
この仕組みを理解するのに、とても分かりやすいのがシュー生地です。
シュー生地をオーブンに入れると、最初は比較的平らだった生地が大きく膨らみ、中が空洞になっていきます。
では、なぜシュー生地はこれほど大きく膨らむのでしょうか。
大きな役割を果たしているのが、生地に含まれる水分が加熱によって水蒸気になることです。
シュー生地は、一般的に水や牛乳などの液体を多く含みます。
焼成すると、その水分が加熱されて水蒸気になります。
発生した水蒸気は生地の内部から外側へ向かって生地を押し広げます。
一方、生地には小麦粉や卵などによって形成された構造があります。
生地が加熱されることで、この構造が少しずつ固まり、膨らんだ形を支えるようになります。
その結果、
水蒸気が生地を押し広げる
→ 生地が膨張する
→ 内部に大きな空間ができる
→ 外側の生地が固まり、形が保たれる
という状態になります。
これが、シュークリームの「空洞」ができる大きな理由です。
「空気」も関係している
ここで少し注意したいのが、シュー生地の膨化を「水蒸気だけ」で説明することはできないという点です。
シュー生地には、混ぜる工程などを通して空気も入り込みます。
実際、シュー生地の膨化について研究した論文では、生地への空気の取り込みが重要であることも示されています。
つまりシュー生地では、
空気の膨張+水蒸気の発生
が関係しながら、生地が膨らんでいくと考えることができます。
その中でも、水蒸気はシュー生地の大きな膨化を生み出す重要な要素です。
だからこそ、シュー生地では「水分を含んだ生地を加熱する」ということが大きな意味を持ちます。
なぜ「空洞」になるのか?
シュークリームを割ってみると、外側はしっかり焼き固まっているのに、中には大きな空洞があります。
これは、水蒸気が生地の内部で発生し、生地を押し広げた結果です。
焼成中には、水分が水蒸気となり、生地内部の気泡や空間を広げていきます。
そして、加熱によって生地の構造が固まることで、その空間が残ります。
だからこそ、焼き上がったシュー生地にはクリームを詰められるほどの空洞ができるのです。
パティシエの仕事では、この空洞を「偶然できるもの」と考えるのではなく、生地の状態と焼成によってつくり出すものとして考えます。
水蒸気による膨化はシューだけではない
水蒸気による膨化は、シュー生地だけに起こる現象ではありません。
焼き菓子やパンなどでも、加熱によって食品中の水分が水蒸気となり、内部の膨張に関係することがあります。
例えばスポンジケーキでも、卵の泡に含まれた空気の熱膨張だけではなく、水分が加熱されることで生じる水蒸気の蒸気圧も膨化に関係しています。
つまり、実際のお菓子の膨らみは、一つの仕組みだけで起こっているとは限りません。
空気、化学反応、酵母、水蒸気。
それぞれの作用が単独で働く場合もあれば、複数の作用が重なっている場合もあります。
「膨らむ」を知ると、お菓子作りがもっと面白くなる
お菓子が膨らむという現象を考えてみると、単純に「焼いたから膨らんだ」というだけではありません。
どこからガスが生まれたのか。
どのように生地の中に閉じ込められたのか。
加熱によって何が起こったのか。
そして、膨らんだ生地を何が支えているのか。
こうした視点で見ると、シュー生地の大きな空洞も、単なる「シュークリームの特徴」ではなく、水分が水蒸気へ変化し、生地を押し広げるという物理的な現象の結果として見ることができます。
パティシエにとって、生地が膨らむことは当たり前の現象です。
でも、その「当たり前」を科学的に見てみると、お菓子作りにはたくさんの現象が隠れています。
水蒸気も、そのひとつです。
お菓子が膨らむ理由を知ることは、失敗を減らすためだけではありません。
「なぜこうなるのか?」を知ることで、いつものお菓子が少し違って見えてくる。
それも、製菓を科学的に考える面白さのひとつなのだと思います。
参考文献・参考資料
小口悦子・山越美歩・香西みどり「シューの空洞化に及ぼす諸条件の影響とその機構」『日本家政学会誌』60(0), 2008
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https://www.jstage.go.jp/article/cookeryscience1995/29/3/29_186/_article/-char/ja
大喜多祥子・山田光江「シュー生地の卵混合時の撹拌程度が膨化に及ぼす影響」『調理科学』24(3), 1991
https://www.jstage.go.jp/article/cookeryscience1968/24/3/24_209/_article/-char/ja
吉岡慶子・福地乃理子・横山次郎・戸渡資英「卵の起泡性の相違がスポンジケーキの膨化とそれらの食味評価に及ぼす影響」『日本家政学会研究発表要旨集』57, 2005
https://www.jstage.go.jp/article/kasei/57/0/57_0_157/_article/-char/ja
宮下ひろみ「我が国における膨化剤使用の小麦粉菓子の起源」『FFIジャーナル』226(3), 2021, 275-280
https://www.jstage.go.jp/article/ffij/226/3/226_275/_article/-char/ja

