パンや発酵を利用したお菓子は、時間をかけて発酵させることで大きく膨らんでいきます。
では、なぜ生地は発酵すると膨らむのでしょうか?
その主役となるのが「酵母」です。
酵母は生地の中で活動し、糖を利用して発酵することで二酸化炭素などを生み出します。
そのガスが生地の中にできた気泡にたまり、気泡が大きくなることで、生地全体が膨らんでいきます。
今回は、微生物の働きを利用して生地を膨らませる仕組みを、「生物的膨張作用」という視点から見ていきます。
「生物的膨張作用」とは?
今回の記事では、酵母などの微生物が発酵によってガスを生み出し、そのガスを利用して生地を膨らませる仕組みを「生物的膨張作用」と呼びます。
これも、今回のシリーズでお菓子が膨らむ仕組みを分かりやすく整理するための呼び方です。
代表的なのが、パン生地です。
パン酵母として利用される酵母は、生地中の糖を利用して発酵します。
その過程で二酸化炭素が発生し、生地の中にガスが蓄積されていきます。
その結果、パン生地は少しずつ膨らんでいきます。
簡単に表すと、
酵母が活動する → ガスが発生する → 生地の中にガスがたまる → 生地が膨らむ
という流れです。
酵母は「膨らませる材料」ではなく、生きて働く存在
ベーキングパウダーとの大きな違いは、酵母が生きて活動する微生物だということです。
ベーキングパウダーは、化学反応によってガスを発生させます。
一方、酵母は生地の中で代謝を行い、その結果としてガスを生み出します。
そのため、酵母を使った生地では「何を入れたか」だけでなく、
「どのくらい発酵させるか」
「どのような温度で発酵させるか」
「酵母が活動しやすい状態になっているか」
といった条件が重要になります。
つまり、酵母を使った製菓・製パンでは、材料だけでなく「時間」も重要な材料のひとつと考えることができます。
発生したガスは、どこに行く?
酵母がガスを作ったからといって、そのまま生地が膨らむわけではありません。
発生したガスが生地の中に保持されることが必要です。
パン生地では、小麦粉に水を加えてこねることで形成されるグルテンなどが、生地の構造を作ります。
その構造の中にガスが保持され、少しずつ気泡が大きくなっていきます。
そのため、酵母の発酵力だけでなく、生地がどれだけガスを保持できるかも膨らみに関係します。
実際に、パン酵母のガス発生力と生地の膨張力との関係を調べた研究でも、両者には正の相関が報告されています。
「発酵させれば、させるほどいい」わけではない
ここも、製パンで重要なポイントです。
酵母が活動すればするほど、どんどん膨らむように感じるかもしれません。
しかし、発酵には適切な状態があります。
ガスが十分に発生しても、生地がそのガスを保持できなければ、せっかく作った気泡を維持できません。
逆に、発酵が不足すれば、十分なガスが生まれず、膨らみも小さくなります。
つまり、
酵母の働き
だけを見るのではなく、
酵母が生み出すガスと、生地がそれを保持する力
のバランスを見ることが重要です。
これは、パティシエやブーランジェが発酵中の生地を確認するときの重要な視点でもあります。
「空気的」「科学的」と何が違う?
ここまでの3つを並べると、それぞれの違いが分かりやすくなります。
「空気的膨張作用」では、泡立てなどによって最初から生地に取り込んだ空気を利用します。
「科学的膨張作用」では、膨張剤の化学反応によってガスを発生させます。
そして「生物的膨張作用」では、酵母などの微生物の働きによってガスを発生させます。
つまり、
空気を取り込む
化学反応でガスを作る
微生物の働きでガスを作る
という違いです。
最終的には、どの場合も生地の中に「気泡」ができ、その気泡が大きくなることで生地の膨張につながります。
しかし、その気泡を作るまでの過程が違うのです。
パンだけではなく、お菓子にも関係している
「生物的膨張作用」と聞くと、パンを思い浮かべる人が多いかもしれません。
実際、酵母を利用した膨張はパンで特に重要です。
一方で、製菓の世界でも発酵は無関係ではありません。
たとえば、発酵を利用するヴィエノワズリーなどでは、酵母によるガス発生が生地の膨張に関係しています。
クロワッサンやブリオッシュなども、材料や製法だけを見るのではなく、「発酵」という視点を加えると、また違った見方ができます。
お菓子とパンの境界を少し越えて考えてみると、酵母という微生物が生地の食感や香り、ボリュームに関わっていることが見えてきます。
「膨らむ」を知ると、発酵も面白くなる
ここまで見てきたように、酵母を使った生地では、微生物の働きによってガスが生まれます。
そして、そのガスを生地の中に保持することで、少しずつ生地が膨らんでいきます。
つまり、
酵母が活動する → ガスが発生する → 気泡が成長する → 生地が膨らむ → 焼成によってその形が固定される
という流れです。
普段は「発酵させる」と一言で済ませてしまいますが、その生地の中では、酵母の活動とガスの発生、気泡の成長、生地の構造形成という変化が起きています。
こうして考えると、発酵は単に「時間を置く工程」ではありません。
微生物の働きを利用して、生地の状態を変化させる大切な製菓・製パン技術なのです。
まとめ
お菓子やパンが膨らむ理由は、一つではありません。
今回の「生物的膨張作用」は、
酵母が活動する → ガスが発生する → 生地がガスを保持する → 気泡が成長する → 生地が膨らむ
という仕組みです。
前回の「科学的膨張作用」と似ていますが、ガスを生み出す方法が違います。
ベーキングパウダーは化学反応。
酵母は微生物の働き。
そして、最初の記事で紹介した空気的膨張作用では、泡立てなどによって取り込んだ空気を利用します。
「膨らむ」という同じ現象でも、その原因をたどっていくと、空気、化学反応、微生物という異なる世界が見えてきます。
お菓子作りを「レシピ」だけでなく「なぜ?」という視点から見てみる。
それが、製菓をもっと面白くするきっかけになるのかもしれません。
参考文献・参考資料
・佐藤友太郎・田中康夫・松下弘子「パン酵母の性能に関する研究(第2報)―パン酵母の代謝能およびこれと生地膨脹能との関係について―」『日本農芸化学会誌』32巻1号、1958年、9-11頁
J-STAGE:パン酵母の性能に関する研究(第2報)
・佐藤友太郎「パン酵母の性能に関する研究(第1報)―市販パン酵母の性状について―」『日本農芸化学会誌』31巻7号、1957年、489-494頁
J-STAGE:パン酵母の性能に関する研究(第1報)
・松本博「パン膨脹についての基礎的な諸研究」『調理科学』14巻4号、1981年、215-221頁
J-STAGE:パン膨脹についての基礎的な諸研究
・高崎禎子・唐沢恵子「パン生地の物性,イーストの発酵能および製パン性に及ぼす小麦全粒粉混入の影響」『調理科学』26巻4号、1993年、327-334頁
J-STAGE:パン生地の物性,イーストの発酵能および製パン性に及ぼす小麦全粒粉混入の影響
・大久長範・星由美子・菰田俊一「稲庭うどんから分離したHyphopichia burtonii M2株を用いた製パン」『日本調理科学会誌』52巻2号、2019年、109-113頁
J-STAGE:稲庭うどんから分離したHyphopichia burtonii M2株を用いた製パン



